日本におけるウエディングスタイルの変動

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現在のような「自由な」「お洒落に」「自分達らしく」と言われるウエディングスタイルになったのはいつ位の話でしょうか?
実は全く最近の話なのです。

前の記事にも書きましたが日本のウエディングの歴史は案外と浅くまだ50年程度です。
日本本来の婚礼スタイル(神社挙式・公民館や家での披露宴)は一気に衰退していきホテルが主流のスタイルに変わっていきます。
この時代の婚礼はホテルがほぼすべての権力を持ち閉ざされた世界でしたし日本人は知らなかったのです。ホテル以外で結婚式をすることを。

そこからまた少し時代が変わり1990年代に婚礼雑誌「ゼクシィ」が販売されます。このあたりからぐっと現在のスタイルに近づいてきます。
ゼクシィはあらゆる角度でトレンドの研究をしいち早く読者に伝えます。そして海外の情報発信をしていき今、アメリカではこんなドレスがはやっているとか
こんな風にすれば海外っぽいウエディングが出来ると非常にわかりやすく伝えます。紙面のほとんどを写真で占めプレ花嫁達の興味を引き付けました。
「こんな素敵な施設で結婚式を挙げてみたい」花嫁達が自由な夢を見れるようにしたのです。

そしてこのころから持込料というものが生まれます。今まではホテル独自ですべてのアイテムを揃えていたのですが、情報を他のツールで得られることが
出来るようになったため、花嫁が「あの雑誌に載っていた衣装を持ち込みたい」という現象が起き始めたのです。
当然、持ち込まれるとその分の売り上げが減少してしまうのでホテルは保管料・持込料を請求し売り上げ減少を食い止める戦略を生みました。

これが今でも当たり前のように続く持込料の始まりです。

話は少しずれましたが、ホテル独占の時代から結婚式場・レストランなどに婚礼施設が広がりそれに伴い、結婚式場紹介場、いわゆるブライダルエージェントが
誕生します。エージェントは、「ホテル以外にもこの施設で結婚式が出来ますよ」という会場を紹介する会社です。
雑誌や広告だけで得ることが出来ない細かい情報をエージェントで更に得ることが出来るようになりました。カップルはエージェントに行き、結婚式の希望シーズンや人数を伝えエージェントがマッチする会場候補を挙げて下見予約を取り付けその日、若しくは近日中に下見にいくように促します。
実際に見に行きお気に入りの会場が見つけるまでのお手伝いをするのがブライダルエージェントの役割でした。

そこからまた更に進化していき、ウエディングプロデュース会社が誕生します。プロデュース会社は「今まではこの施設で」から「二人ならこんな場所でこんな
結婚式が良いですよ」と結婚式自体をプロデュースする会社です。
プロデュースするだけではなく、ブライダルエージェントにプロデュース力をつけ「プロデュース会社」と名乗るようになったのです。

このプロデュース会社が誕生したあたりから今の「らしさキーワード」が出て今に至る訳です。

そして更にフリーランスウエディングプランナーの存在が誕生し、プランナーから選ぶ時代も始まりました。

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